広島地方裁判所 平成9年(ワ)637号 判決 1997年10月29日
原告
石橋義行
右訴訟代理人弁護士
奥苑泰弘
右訴訟復代理人弁護士
中井克洋
被告
広島市信用組合
右代表者代表理事
中村憲
右訴訟代理人弁護士
西垣克巳
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 第一次的請求
被告は、原告に対し、一七一万円及びこれに対する平成九年四月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 第二次的請求
被告は、原告に対し、一九万〇五〇八円を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が相続により取得した被告に対する定期預金について、被告が原告の払戻し又は名義書換の請求に直ちに応じなかったとして、原告が第一次的には不法行為による損害賠償請求権に基づき、第二次的には債務不履行による損害賠償請求権に基づき、被告に対し損害の賠償を求めた事案である。
一 当事者間に争いない事実(ただし、2については、甲第三号証及び乙第一号証により、これを認める。)
1 亡石橋義三(以下「亡義三」という。)は、平成二年二月六日((一))及び同年一一月一三日((二))、被告大朝支店との間で、次のとおり、定期預金契約(以下「本件各預金」という。)を締結した。
(一) 預金額 三〇〇万円
利息 年5.5パーセント
満期日 平成三年二月六日
(二) 預金額 五〇〇万円
利息 年7.07パーセント
満期日 平成三年一一月一三日
2 亡義三は、平成九年四月一〇日、死亡し、その相続人は原告を含む五人であったが、亡義三は、昭和六一年五月二六日、「(一部の特定財産を除き)全財産を長男である原告に相続させる。」旨の公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。
3 原告は、平成九年四月二一日及び同月二二日、被告に対し、本件各預金の預金証書及び本件遺言を提示するなどして本件各預金の払戻し又は名義書換を請求したが、被告は、相続人全員の同意書、印鑑登録証明書等が必要として、これに応じなかった。
4 なお、被告は、本訴提起後の平成九年八月二一日、本件各預金について、原告への名義書換に応じた。
二 当事者の主張
1 原告
(一) 被告は、法的根拠がないにもかかわらず一部銀行の単なる慣行に基づき本件各預金の払戻し等を拒否したものであって、これは、原告に対する不法行為を構成する。
原告は、被告の不法行為により、本訴の提起を余儀なくされ、原告訴訟代理人らに対し本訴の追行を委任し、弁護士費用として一七一万円を支払う旨約した。
よって、請求の趣旨一記載の判決を求める。
(二) 仮に、不法行為が成立しないとしても、被告には債務不履行責任があるので、平成九年四月二二日における本件各預金元金九五七万七九一四円に対する同月二三日から同年八月二一日まで商事法定利率年六分(被告は両替その他の銀行取引を営業として行うものである。)の割合による遅延損害金一九万〇五〇八円の支払義務がある。
よって、請求の趣旨二記載の判決を求める。
(三) なお、仮に、本件各預金が自動継続により満期日が延長になっていたとしても、解約申出により預金返還請求は可能であることは、公知の事実である。
2 被告
(一) 被告が、原告に対し、他の相続人の同意書等を求めたのは、①債権譲渡の対抗要件の具備、②本件遺言が最後の遺言であることの確認、③本件各預金の名義人である亡義三が真の預金者であることの確認等のためであって、恣意的にこれをしているものではない。
(二) 被告は、中小企業協同組合法に基づき設立された信用協同組合であり、その業務は営利を目的としないから、商法上の商人ではない。
(三) 本件各預金には、自動継続の特約があり、満期日が、右一1の(一)の預金については平成一〇年二月六日に、同(二)の預金については平成九年一一月一三日となっている。金融機関が預金者からの満期日前の解約申出に応じているのは、サービスにすぎない。
第三 当裁判所の判断
一 まず、一般的に言えば、銀行等の金融機関が、相続人の一人から、単独で相続したとして、被相続人名義の預金の払戻し等を請求された場合、他の相続人の同意書等を求めることは、金融機関が相続人間の紛争に巻き込まれるのを未然に防ごうとする趣旨において相応に合理性を有するものであるけれども、これは基本的には預金者の任意の協力を得てとるべき取扱いであって、本件のように当該相続人が預金証書と一応の根拠資料を提示した上であくまでも払戻しを請求した場合において、金融機関が自ら定めた手続を履践しないからとしてこれに応じないときは、不法行為責任はともかく、債務不履行責任を免れる法律上の理由を見出すことは困難であり(前記第二の二2(一)の被告の主張、特に②及び③については、原告提示の資料だけでは、原告が真の権利者でない可能性が全くないとは言い切れないが、万が一、原告が真の権利者でなかった場合には、被告は債権の準占有者に対する弁済の法理により救済されることになる。)、その意味で、このような取扱いは単なる実務慣行に過ぎないというべきである。
二 しかしながら、本件においては、甲第一、第二号証によれば、本件各預金については、預金者から満期日までに申出がない限り前回と同一期間自動的に継続する旨の特約があったことが認められ、原告が被告に対し払戻し等の請求をした時点では本件各預金は弁済期になかったということができるから、被告がこれに応じなかったことは、この点において、不法行為はもちろん債務不履行も構成することはないというべきである。
三 もっとも、弁論の全趣旨によれば、金融機関実務においては、右のような自動継続定期預金であっても、預金者から満期日前に解約の申出があれば、ほぼ例外なくこれに応じるという実務慣行があることが認められ、自動継続定期預金について預金者から満期日前に解約の申出があったとき、金融機関が自動継続の特約を理由としてこれに応じないことは、特段の事情がない限り権利の濫用として許されないと解されなくもない。しかし、本件においては、被告が相続人間の紛争に巻き込まれるのを未然に防ごうとする趣旨から、念には念を入れた方法としてこのような取扱いをとったものと理解することができるから、必要な調査が完了するまでの間、払戻し等を留保したとしても(ちなみに、乙第二ないし第六号証(枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、本件においても、被告は必要な調査を完了した時点で本件各預金の名義書換に応じている事実が認められる。)、通常の満期前解約の場合とは異なる特段の事情があるというべきであり、これが直ちに権利の濫用となるものではないということができる。
結局、本件の具体的状況下においては、被告に不法行為責任又は債務不履行責任を問うことは困難である。
四 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官畑一郎)